1 Le Ménage
2 L’éternel Retour
3 La Traversée
4 Le Light Show
5 La Vache
6 Pif
7 Tout Le Monde Se Rappelle Peut-Être de Quoi Il S’agit
8 La Maison Du Café
9 Baby Boum Boum
「アート・アンサンブル・オブ・シカゴのフリージャズのエネルギーを注入した爆発的なアルバム『ラジオのように』の後、ブリジット・フォンテーヌとアレスキ・ベルカセムは、1972年から1977年にかけて、共同または個別に6枚のアルバムをリリースしました。ヴォーカル、ギター、パーカッションのみ、あるいはアカペラで演奏じられることが多い彼らの音楽は、当時、オーケストレーションを多用した所謂フレンチポップとは対照的な作品でした。そのミニマルで即興的なアプローチは、歌う言葉とメロディーの親密さを際立たせ、アンダーグラウンド・シーンで高い評価を得ました。
そんな当時の二人の充実を象徴するアルバム『バラカ』は、当初は外部のミュージシャンを招かずに宅録されました(そのタイトル、アラビア語で「祝福」の意)。内省的で、不条理なユーモア、そして大胆な実験音楽スタイルを織り込んだこのアルバムは、左右ステレオのデュエットや多重録音を駆使、当時として野心的な音楽テクノロジーを通じて生み出されようとしていました。加えて、形而上学的なテーマ、遊び心あるナンセンスといった、その自由な歌詞内容は、偶発的であり、気まぐれなテーマを織り込んだものとなるハズでした。
けれど、このプロジェクトにおいて、当時のリリース元レコード会社は、最終的にプロデューサー兼ギタリストとしてマーシャル・ミミ・ロレンツィーニを起用、軌道修正を余儀なくされ、アルバムはブリジット&アレスキが目指した当初の親密でプライヴェートな感覚を失うことになりました。
ロレンツィーニによる過剰プロデュースは、フォンテーヌ&ベルカセムの制作意図としてあった単純さ、気まぐれさは掻き消され、アルバム・タイトルも『Les églantines sont peut-être formidables』と改名されることに。当然、ブリジット&アレスキはこのアルバムのリリースを拒否、未発表のまま埋もれてしまことになったのです。
そして、ここにリリースされた再発見デモテープは、大げさなレイヤーが取り除かれたことで、楽曲の生々しい即興性、実験性を明らかにし、ブリジット&アレスキのデュオ・ヴォイスを稀有なほど、リアルに聞かせています。これらの録音は、彼らのディスコグラフィーにおける、実験的なローファイ時代と、後期のより聴きやすい作品の間の、ミッシングリンクを埋める橋渡しとなるものと、認知されることになるでしょう。
50年近くを経た今となっても、フォンテーヌとベルカセムの反骨精神溢れるオリジナリティーは、決して定型化することなく常に変化を体現し、フランスのシャンソンの根幹を揺るがし続けるものとして、聴かれることでしょう。」〜リリース・インフォ意訳

MOOD / DO OM
ETENESH WASSIE, MATHIEU SOURISSEAU / BELO BELO
JACQUES THOLLOT / QUAND LE SON DEVIENT AIGU, Jeter La Girafe À La Mer
NO TONGUES / LES VOIES DE L’OYAPOCK