Recorded on 29th April 1990 in The Wood Room, Real World Studios
1.Ya Allah Ya Rehman 10:47
2.Aaj Sik Mitran Di 09:58
3.Ya Gaus Ya Meeran 09:32
4.Khabram Raseed Imshab 11:28
Nusrat Fateh Ali Khan (vocals, harmonium)
Farrukh Fateh Ali Khan (vocals, harmonium)
Dildar Hussain (tabla)
Mujahid Ali (senior chorus)
Rehmat Ali (chorus)
Rahat Ali (chorus)
Asad Ali (chorus)
Ghulam Farid (chorus)
Khalid Mahmood (chorus)
すべては声から始まります。重厚でがっしりとした力強さがありながら、機敏であり、常に的確なヌスラット・ファテ・アリ・ハーンの歌唱は、スーフィズムから発したカウワーリーの伝統を体現しているだけでなく、歌というものを生み出すエモーションの本質そのものとして響きます。
600 年の歴史を持つカウワーリー歌手の系譜に連なるヌスラットの声は、1971 年にファミリー音楽グループのリーダーになって以来、パキスタン現地のスーフィズムの信仰に深く根ざした音楽を世界に広めるという、唯一無二の役割を果たしました。これは古くから歌い継がれた素晴らしい遺産です。10 世紀のイランで生まれたカウワーリーは、イスラム教神秘主義の一派であるスーフィズムの音楽です。音楽的なエクスタシーと洗練を表現するカウワーリーの歌い手は、神の力の代弁者であり、聴衆とともに、意識の高みにおいて、スピリチュアルなメッセージを受けつつ、それを表現伝達する役割を担っています。
現地以外のヌスラットのリスナーの大多数は、彼が歌うウルドゥー語やパンジャーブ語を理解できませんが、彼のメッセージは、歌詞内容を介さずとも、その切なる声の響きを通して多くの人々に伝わるものでした。いわば、信仰や感情を音楽へと翻訳する彼の大きな力が、カウワーリーを宗教的な背景から初めて切り離し、1980年代初頭にリアル・ワールドのピーター・ガブリエル制作作品は広く世界から注目を集めることになります。
リアル・ワールド・レーベルで、ヌスラットは伝統的なカウワーリー・アルバムを5枚リリースしています。中でも、プロデューサーのマイケル・ブルックとのクロスオーバー・コラボレーションによりヒットした「Mustt Mustt」(1990年)と「Night Song」(1996年)は、彼の歌声をより広く世界中の聴衆に届けることとなったでしょう。しかし、ジェフ・バックリー(その有名な言葉「彼は私のエルヴィスだ」)や作曲家のA・R・ラフマーン、ミック・ジャガーらから称賛され、創造力が頂点に達したちょうどその時、ヌスラットは1997年に48歳で亡くなってしまいます。彼はカウワーリーの神秘的な力と現代的解釈の可能性を世界に示しましたが、新たに、彼の素晴らしい声を聴くことはできなくなってしまったわけです。
そんな中、長い年月を経て、この驚くべきアルバム「Chain of Light」を構成する4曲の録音が、このほど発見されました。この Real World テープ・アーカイブの倉庫スペースの奥深くに埋もれていたウィルトシャー・スタジオでの 1990年4月のセッションは、ヌスラットが一つの到達を迎え、その世界的な偉大さの極みに立っていたことを示してくれるでしょう。
「1990 年はヌスラットのキャリアの重要な時期で、彼が西洋の聴衆に浸透し始めた時期でした」と、長年、ヌスラットのインターナショナルなマネージメントを請け負っていたラシッド・アハメド・ディンは言います。「すべてが完璧です。彼は常に実験を望み、1 つのサウンド・スタイルに限定されることを望んでいませんでしたが、この新発見録音はヌスラットの流動的な音楽性を見事に表現しています。」
確かに、1990 年までの数年間はヌスラットにとって重要な時期でした。スーフィーのコミュニティー〜カウワーリー・リスナーの間で、既にマスターと見なされていた彼の生々しいスピリチュアルな音源は、 1985 年の WOMAD フェスティバルにガブリエルから招待されるきっかけとなりました。エセックスの小さなマーシー島に、ヌスラットは親族ミュージシャン 9 名から成るカウワーリー・パーティーを同行、記念すべき第一回 WOMAD フェスティバルの観客は歴史に残る深夜のショーを目撃することになります。
聴衆は、20分間の「アッラー・フー」のオープニング・アラープで迎えられ、カウワールが長いクレッシェンドのように広がり、タブラと手拍子の柔らかく加速するスイング・ビートの中、突然ヌスラットの発せられます。その力強さはまさに衝撃的で、ヌスラットの喉からほとばしる大気を圧するような叫は高音域でハーモニーに飛び込み、甥の子供歌手、ラーハット・アリとフレーズを交換し、ヌスラットならではの特徴的なサルガム(半音階の上での即興的な早口歌唱)へと盛り上がりって行きます。30年以上の時を経て、2019年にリリースされることになったこの1985年のライヴ録音では、その拍手の大きさが、いかに聴衆にとってヌスラットが衝撃的なパフォーマーであったかを示しています。
ヌスラットは、カウワール一座のリーダーとして14年間を過ごし、インドとパキスタンで宗教的なパフォーマーとしての評判を築いた後、WOMAD によって、力強く深い信仰を体現するカウワーリーという形式を、広く世界で認知されるべき南アジア文化の象徴へと導きました。これは、伝統的なカウワーリーの新展開を導いただけでなく、彼のキャリアの新たなチャプターの始まりでもあったでしょう。
英国とヨーロッパで彼の音楽に対する愛が高まったことで勇気づけられたヌスラットは、自分のサウンドの伝統を自由に展開することができるようになりました。レパートリーのスピリチュアルなフレーズをより自由に演じることにおいて、ヌスラットは、新たなコラボレーターを自らの音楽プロセスに招き入れる余地を見つけました。1989年、彼はピーター・ガブリエルの協力のもと、マーティン・スコセッシ監督の映画『最後の誘惑』のサウンド・トラックのタイトル曲「Passion」のヴォーカルをつとめ、新しいキャリアの扉を開きました。それは実り豊かで刺激的な経験となり、その後ヌスラットはカナダのギタリスト兼プロデューサーのマイケル・ブルックに紹介され、二人はリアルワールド・スタジオにこもり、素晴らしいパートナー・シップを育むことになります。
「すべてが即興でした」とブルックはその数々のセッションについて語ります。「ヌスラットは歌詞の本を持ち歩いていて、常に新しいアイデアを試していました。気に入ったアイデアが決まると、スタジオにこもり、すぐに歌い始めました。」
「窓から手を振って止めるように言ったら止めてくれないと、彼らは好きなだけ演奏し続けていました!」
そんな素早く即興的なスタジオ・ワークを発展させ、ブルックはヌスラットが歌うための非伝統的な音楽のスケッチを独自に書き始め、カウワールをさらに自由に展開させます。「ヌスラットが、スタジオを単なるライブ録音の場ではなく、楽器として捉えるという概念を徐々に吸収していくのを見るのは素晴らしいことでした」とブルックは言う。「彼はオーバーダブや制作のアイデアで、まったく新しい創造のステップを登り始めました。」
本作「Chain of Light」が録音されたのは、そんな新たなセッションが始まった時期でした。このリリースのためにクレイグ・コナードとマイケル・ブルックがミックスダウンした4つの伝統的なカウワーリー・トラックには、ヌスラットの歌声が、おそらく最高の形で表現されています。ヌスラットのカウワーリー定番曲「Ya Allah Ya Rehman」で幕を開けると、アップテンポのタブラとハーモニウムのグルーヴがの中、その最初の一声から、その歌はこの世のものとも思えない叫びに変わり、アッラーへの賛美を求め、グループの他のメンバーがコーラスで盛りたてます。「Aaj Sik Mitran Di」ではテンポが遅くなり、ヌスラットのサルガムが物憂げなハルモニウムのメロディーの合間に響いています。やがて、リスナーの耳が彼のフレージングに慣れて来た頃合いを見計らうかのように、手拍子は倍に加速され、ヌスラットはスピリチュアルな恍惚の高みを目指します。
「これらの演奏には驚くべき鮮明さがある」とブルックは語っています。「当時ヌスラットが録音していた他の曲よりもハーモニーに冒険心があり、グループ全体が信じられない水準の高さで演奏し、全力で疾走していく!」
こうした驚くほど巧みな伝統的カウワーリー曲に加え、本盤『Chain of Light』にはまた別の発見もあるでしょう。ヌスラットがこれまで一度も録音したことのないウルドゥー語のカウワーリー曲「Ya Gaus Ya Meeran」がそれです。ラシッド・アハメド・ディンは、その重要性を次のように説明します。「ヌスラットは、なぜ、その曲を録音したかったのか、決して口にすることはなかった。なぜなら、すべては気分次第だったからでしょう」。「 Ya Gaus Ya Meeran はパターンが頻繁に変わる非常に難しい曲で、誰にとっても簡単に歌えるものではないでしょう。けれど、ヌスラットにはこの曲を新たに生み出す能力もあった。 Gaus Ya Meeran は将来、ほかの誰かにも歌える道が開かれています」。
確かに「Ya Gaus Ya Meeran」の複雑なメロディーは、パーティーの全員が、ほぼ半音階に近いハーモニーと対位法の中で、躓くようなリズムを演じてます。この曲に聞けるのはヌスラットのヴォーカルの巧みさの典型であり、リズムの切り替えをスムーズに行いながら、熱狂的なアッラー賛美の瞬間に至り、ためらうことなく全力で歌い出します」。最後にアルバムの謎めいたタイトルの由来となった「私のすべての息づかいは、アッラーの光の連鎖に繋がっている」という一節に至ります。
結局のところ、「Chain of Light」は、すべてのリスナーへの贈り物です。これは、誰も知らなかった場所から救い出され、暗闇から解放されたヌスラットの驚異的な芸術性の重要な一場面です。歌詞の内容や伝統を理解できるかどうかに関係なく、これは音楽のための音楽であり、アクセスできなかった過去からの貴重な使者です。「感動します」とブルックは言います。「一生に一度の経験です。」
「Chain of Light」というタイトル、内在する光のように、これらの曲は言語や文化を越えた方法で革新的で超越的です。期待を超えて引き込まれます。神に感謝、あるいは、あなたが何を信じようと信じまいと、あの声が、また、もどって来たのです。
(〜ライナーノーツ意訳)