ELENI VITALI / PERAS’ APO DO I ELENI?


ハリス・アレクシウが1950年生まれ、このエレーニ・ヴィターリは1954年生まれ、ということで、どっちにしてもオレより年上だ(関係無いけど)。ライヴ・アルバムをハズせば、10年ぶり、66歳の単独ソロ新作アルバムになる。ということは、当店超売れ筋の>こちらが前作ということに。そういうことにもなるか、と…、月日の経つのは早いものです(というか、随分お顔が変わってしまった、というか…)。
一応、アテネ生まれということになっているけど、エレーニの両親はジプシーの血筋で、父はサントゥーリを弾き、母は歌い手だったそう。それで両親とともにギリシャ中を回って子供の頃から歌っていたらしい。けれど、デビュー SOLO アルバムはフォーキーなアート・ソング・アルバム(1975 LYRA)だったし、後年、ジプシー〜トルコ系歌謡をライヴで歌ってもいたし(ノンストップで12インチが出ていた)、それどころかシンセのみのバックで、ヴィザンティン古楽、というか、東方教会の宗教歌を録音したりもしていて、非常に芸幅は広かった。というよりも、ある種、天才的な女性歌手だったと思う。
が、本領はやっぱり全盛期ミノスでスターとなった頃の王道ライカ、だろうなあ、素晴らしかった。
その後も、テクノPOP風のアルバムや、ロック調もありましたが…、本筋としては、いかにもレベーティカからの流れでライカをうたう歌い手として生きて来た人だと思う。そして、そんな本筋をこの10年ぶりの新作でも通してくれた。
ちなみに、ともにこの新作を作り上げた作曲編曲家はミノス時代のエレーニの代表的なアルバム2作でつきあっていたタキス・スーカス、当年とって80歳!
一国の音楽シーンのメインストリームのどこかで、66歳の女性歌手と80歳の作曲家が、じゃ、久しぶりにいっしょに作ってみるか!?はーい、もう是非お願いします、セーンセ!…なんて、なんとも、美しい話じゃないですか(って、事実誤認はあるかも知れませんが…)。
全9曲、32分半という簡潔さも、なんだか嬉しい作。それにバックがすこぶるイイ!実にハードボイルドだ。ライカ〜というより、21世紀のレベーティカ伴奏というにふさわしい。

でも、正直に言えば、やはり歳のせいだろうなあ、若い頃には聞かせてくれた、高低音域差を一気に伸び上がって行くような張りのある節まわしが聞こえない。
それは仕方がない。70近くなっても、あの声を出したヨルゴス・ダラーラスの方がおかしい、と思う。しかし、そのダラーラスもTV放送中にマイクを床に投げつけて、その後、旺盛な録音が途絶えてしまった、かも知れない(事実誤認はあるかも知れないが…)。

ともあれ、このエレーニ・ヴィターリ66歳の新作に、若い頃にはあった歌声の自在さは聴こえない。
ブズーキ、ヴァイオリンやチェロ、ピアノ、ベースとドラムスが一体となり流れるような伴奏の中、どうにも仄暗く沈んだ調子で、淡々と飾らない歌い口を重ねて行くだけ?
いかにもダウナーな、嘆きや憂いといった情感をまとった節づかいが、古いレベーティカをなぞるようにして、無愛想な歌を結んでいる。
ホントに、なんて、夢も希望もない歌なんだろう。ちょっと、ハードボイルドに過ぎる、とも思う。
けれど、喉の張りを失ったとしても、声域が思うように拡がらなくなったとしても、歳をとってからしか、うたえない歌もあるだろう。あるいは、聴き手にしたって、歳をとって、はじめて聴こえて来る歌というものがあるかも知れない、なんて、まったく、ギリシャ歌謡ってヤツは、いろんなことを考えさせてくれるよ…云々?

もちろん、年輪とか深みとか、そういうことを言いたいのではない。
金網の向こうから、ドキッとするような歌声が聞こえて来る。
そういうことを言いたかった。

1 Πρόσωπα Και Ονόματα
2 Πέρασ’ Από Δω Η Ελένη;
3 Ούτε Κόρη, Ούτε Ντάμα
4 Με Ένα Βλέμμα
5 Νυχτερινό Και Μάταιο
6 Μαντάμ Μωρή
7 Τα Πουκάμισα
8 Και Σιγά Που Δεν Μπορείς
9 Στα Μέθαν

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