YONGYUT CHIEWCHANCHAI / SUDJAH KHONG CHAO NAR


無断転載、陳謝&感謝!

幼い頃から歌うのが大好きだったタイ・チャイニーズのヨンユット・チアオチャーンチャイ、18歳の時にバンコクへ行きタイ空軍に入隊。そこでスラポーン・ソムバッチャルーンに出会います(1959)。というのも、スラポーンはその年、自らの楽団を立ち上げようとしていたのですが、その際、ミュージシャンと楽器をタイのAIR FORCE つまり空軍専属の楽団から調達したそうで(どういう経緯なのかはよくわかりませんが)、そのミュージシャンの中にヨンユット・チアオチャーンチャイもいたということでしょう。
(閑話休題〜空軍で歌手というと、バイチャソングスの HI-FI THAI COUNTRY ファーストで15歳デビューしたアンスラーン・ウットチャンちゃんが空軍で働いていているという話、その後 HI-FI のセカンドにも参加して歌っていたので、当然プロデビューしたのかと思っていたら、空軍はやめずに、今もって軍所属、それでもたまに歌っているということなので、軍にいても歌えるのか…と、不思議に思ったこともありました、全然関係ないですけど。それはともかくとして、ルークトゥン黎明期の現地音楽シーンに関して漏れ聞く逸話の中に、ちょくちょく王室専属の空軍楽団の話が出て来ることがあり、それって、ハイラ・セラシエ皇帝の近衛兵バンドとエチオピア大衆音楽黎明の関係に似ているのか似ていないのか、ちょっと興味が湧きます、ね)。
話しは戻って、そのスラポーンとの出会いによって、幼い頃から歌好きのヨンユットは歌手デビューを志した、と言いたいところですが、ヨンユット本人は特にプロの歌手として生きて行こうとは思っていなかったよーです。が、その後、スラポーン書き下ろしの曲「農民の真実 (直訳)」を歌ってレコード・デビューすることに(〜下方にYOUTUBE リンクした曲)。アコーディオンの音色と金管のリフが印象的な面白いバックに乗せ、軽快でいて奔放な節まわしをこねるようにして歌っているヨンユット、民謡調のイイ味をだしてます。このデビュー曲がヒットしたので、その後もスラポーン作曲のナンバーを歌い継いでいくことになりますが、結局、この人、1969年のスラポーンの死を経てからその後、歌い手であることに専念はせず、ギャンブラーとして生き、1992年に亡くなったそうです。なんだか、いなせですね、ちょっと。

 

go top